傷跡

(6話)

 

 小学生の時から、いつも一緒にいる友人の夏海(なつみ)には、自分の腕や手首を切りつけてしまう癖があった。

 去年の七月、夏海の家で、言い争いになった。その最中、突発的にカッターを取り出し、自分の腕を傷つけた夏海を目の当たりにした私は、部屋から逃げ出した。カッターを腕にあて、泣きながら皮膚を裂く。そこから滲み、溢れ出す血を見た時は、正直言って、吐き気がするほど気持ち悪かった。血が、じゃない。口喧嘩程度で発作を起こす夏海が、気持ち悪かった。

 翌日、学校で会うと、夏海は何事もなかったかのように挨拶してきて、その時の事は夢だったのかと思いもした。だが、学校では決して半袖を着ない夏海が、夏休みに私の家へ訪れたとき、あれは現実だと思い知らされた。私のせいでついたその傷は、今もまだ、彼女の腕にある。

 夏海はこの所、遠い場所で起こった惨禍に、非常に強い恐怖を感じていた。怖い、と思ったらすぐ、カッターを手に取る。

「ここは大丈夫だよ」

 今も、消しておけばいいのに、震えながら、テレビの画面を見つめている。私が家に来るまでに、腕に新たな傷をつけたらしい夏海の、鉄くさい臭いに、えずきそうになった。堪え、抱き寄せる。

「なんで、分かるの。なんで大丈夫だって、分かるの。何万人も、巻き込まれたのに」

「ここは大丈夫だから」

「なんで、なんで……なんで、こんなこと。怖い。怖いよ、夏希……」

「大丈夫」

 夏海の発作に対する気持ち悪さは、拭い去ることはできない。でも、怯える夏海を、毎日抱き寄せ、なだめているうち、少しずつ、夏海のその恐怖が、愛しくも感じられてきた。夏海は、現地の恐怖を自分の事のように感じている。絶望から来るその気持ちには、いま周囲に溢れるどんな激励の言葉よりも、リアリティがあった。

 震えの収まった夏海が、私から離れ、制服のブラウスの、袖をまくった。そして、机の上のカッターを見た。

 私は、夏海の右腕を強く掴んだ。夏海は驚き、懇願するような眼を私へ向けた。私は手を離した。続けざまに夏海の左腕へと手を伸ばし、どの傷よりも深く跡を残している傷跡を、撫でた。撫でている間、夏海は、じっとしていた。

「きっと、跡、残るね」

 時間が経てば、少しは、目立たなくなるだろう。それまでに、新たな傷跡が増えるかどうかは、夏海次第。

 微力かもしれないけれど、私も少しくらいは、夏海の支えになりたい。そう、思えるようになった。