旧アルヴァラド国主ロジラドとそれに従った将兵は手足を縛ったうえで穴に落としすべて生き埋めにさせ、ロジラド支配下の町村はすべて焼き払い、焼け出された民はすべて斬首した。その仕置きで気が済んだわたしは、任務を遂行した兵たちに略奪を認め、将にはちまたで人気が高まりつつある陶磁器や、アルヴァラドの土地を少しずつ分け与えた。

 父上は言った。統治はまず賞罰であり、巨大な国を治めるためには、賞するときも罰するときも徹底してこれを行わなければならないと。父上の教えのおかげで将兵たちの人心はまずまず掴めたようだった。中央の代官を殺すなど何かと反抗的な態度を見せていた町々も、アルヴァラドの二の舞を演じたくないと思ったのか、表向きは従うようになった。けれど一部はいまだ、わたしに頭《こうべ》を垂れまいと必死に頑張っている。スイル派の重臣たちだった。スイル派の重臣はことのほか多く、王といえどもすべてを排除するわけにはいかなかった。実務面では評価の高かった宰相を殺したうえ、有能な臣たちまで次々に処刑すれば、国としての根幹が揺らぐ。領地の民たちも黙っていないだろう。

「しかしこれは好機では」

 終始わたしを支持してくれている貴重な重臣の一人が、そのようなことを進言してきた。

「重臣たちを一掃し反乱を起こさせ、各地を王の手に取り戻すことができれば、これから外に打って出る際も、何かとやりやすくなります」

 わたしも同じことを考えていた。父はその土地土地に根付いた重臣たちに強制的に軍を供出させることができず、外圧に苦しんできた。結局最終的には父が頭を下げて兵を出してもらい、国としての形を維持してきた。それでも父に取って代わろうとする者がいなかったのは、父が、交易の中心都市ミクサの地を押さえていたからだった。

 そのミクサは、いま、スイルが押さえている。これは本当に痛い。わたしの所領のアルヴァラドがいくら広大な土地とはいえ、ミクサに比べればすべてにおいて劣る。

「少し考えておく」

 

 翌日、イレミナの用意した服は、スイルが贈ってくれた、藍染めの着物だった。着付けを任せているあいだ鏡をぼんやり眺めていたが、凛々しいアザミの花が胸のあたりに咲いて、なんだか今の気分に合っていた。スイルを担ぎ上げ、食い物にする重臣たちをこれ以上のさばらせておくわけにはいかない。

「姉上、いくらなんでもあの仕置きは惨《むご》すぎます! この調子では、遠からず、異民族に下る者も出てしまいます!」

 けれど重臣たちと対峙するつもりで向かった玉座の間で待っていたのは、珍しく激したスイルの諫言《かんげん》だった。ミクサに滞在していたスイルが、アルヴァラドの報に接し、ミクサの家臣たちの制止を振り切り、王宮へやってきた、ということのようだった。

「しかしあの者たちは許せばまた反乱を起こす。根絶やしにするしか方法はなかった」

 わたしが投げやりに応えると、スイルはわたしの前では初めて、叫ぶように怒鳴った。

「姉上の暮らしを支えているのは民です! その民を根絶やしなどと! あなたはそれでも先王の……」

 そこまで言ったところで、スイルは言葉を止めた。その先の言葉を言ってはいけない。ようやく我に返ったようで、口をつぐんだ。

 けれどわたしは、スイルの失策を見逃してやらなかった。

「あなたはそれでも、なんだ?」

 玉座を立ち、四段ある階段のすぐ下でかしこまる、スイルを見下ろした。

「あなたはそれでも先王の子か、と問おうとしたな?」

「違います」

 スイルは首を振った。

「先王の子かどうかを問うことは、王にとって最大の侮辱にあたることをわかっていて、口にしようとしたのだろう」

「ち、違います!」

「本当のことを言って何が悪い! 貴様が先王の子であるなら、かような仕置きはしなかったであろう!」

 群臣の間から、声が飛んだ。わたしは笑みがこぼれないようにこらえて、口にした男のほうを見た。スイル派の重臣筆頭アスタラだった。

「貴様のおかげで、アルヴァラドの東部はひどい有様だ! 独立運動が激しくなりわが領地にまで被害が及んでいる! 力で抑えれば反発が出るとなぜわからぬ!」

「その者を牢へ」

「殺したければ殺すがいい! 貴様は無知蒙昧《むちもうまい》な暴虐の王として歴史に名を残すであろう!」

 いくら家臣に怒鳴られようと特に何の感情も起きないが、群臣の前でこれ以上罵倒されるのもいい気分ではない。

 四段ある階段を下りて群臣たちと同じ場所に降り、そこからさらに一歩踏み出すと、スイルが平伏したまま、足元にすがりついてきた。

「お待ください姉上! アスタラは三代わが王室に仕える真《まこと》の忠臣! 一時《いっとき》の激情に任せて殺せば国は乱れ、大乱の始まりとなりましょう! それでは皆《みな》が苦しみます! ここは謹慎……いえ、幽閉《ゆうへい》にとどめ、王たるものの寛容《かんよう》さを示すことこそ重要かと!」

 わからない。

 なぜ、民などのためにこうまで必死になるのだろうか。

 わたしとスイルは、同じ教育を受けてきた。受けてきたはずだ。どうしてここまで、この男は自分と違うのだろう。この男が笑えば臣も笑い、泣けば臣も泣く。しかし王にそのような資質が必要だろうか。まつろうものには慈悲を、逆らうものには厳罰を。罰するべきときに臣を罰することができなければ、それこそ大乱のもとではないか。

 そしてこの男は、重臣たちの支持を受け、王に逆らおうとしている。

「代わりにお前が死ぬか?」

「構いません! ただどうか、どうかアスタラだけは容赦を! もし姉上がこれをお聞き入れくださらないというのなら、私は刺し違えてでも……」

「そうか」

 

 

 

  ◆

 

 

 

 スイルにもらった藍染めの着物が、返り血で赤黒く染まった。

「あ、あああ……あああああ!」

 初めに反応したのは、スイルにかばわれた、スイル派筆頭家臣のアスタラだった。絨毯の上にしりもちをついて、わたしのほうを指さしている。

「アザミ様!」

 イレミナが駆け寄ってくる。

「なんという……なんということを……。スイル様は……スイル様はあなたに、家族へ向ける以上の愛情をいだいておられたのですよ! その着物も、スイル様がくださったものではありませんか! よりにもよってスイル様の血で穢《けが》すとは!」

 イレミナを無視して、槍に目をやる。それから、アスタラのほうへ目をやる。もう、死んだ。

「やつを、やつを殺せええええ!」

 操られた槍がアスタラの首を食い破り、断末魔が途中で掻き消えた。

「アザミには魔法で対抗できん! 遮断《しゃだん》結界起動急げ!」

 槍、玉座、花の活けられた大きな花瓶と花瓶台六つ、額縁に飾られた絵画五つ。スイル派家臣のうちの十三名。彼らの上に、わたしの魔法で動かせるものすべてが向かっていく。

「後ろです!」

 イレミナが突然大声をあげて、腕を引いてきた。魔法の途中で態勢が崩れてしまった。

「何を」

 怒鳴りかけるとさらに突き飛ばされた。イレミナとわたしのあいだの空間を槍が裂いた。

「隠し通路は封鎖した!」

 あごひげを蓄えた王宮護衛隊長が、槍を向けてきていた。突きをかわす。槍を見る。槍を見た後、王宮護衛隊長の頭を見た。槍が王宮護衛隊長の手をすり抜け、天井めがけて飛んで行き、ほとんど直角に王宮護衛隊長の頭を貫いた。

 玉座付近の床のじゅうたんの一部が突き破られていて、そこから兵士がどんどん上がってくる。

 魔法を使える回数は無限ではない。いったん王宮の外を目指さなければと身をひるがえすと、スイル派の重臣たちが、わたしの息のかかった者たちを殴り殺し、あるいは絞め殺しているところだった。最後の一人がくたりと体を倒し、素手の男たち二十数名が、こちらをめがけて殺到してきた。

「アザミ様、退路はわたしが!」

 イレミナが、護衛隊長を貫いた槍を引き抜く。

「なぜ助ける。さっきまで血相を変えて怒っていたのに」

「怒っていたのではありません! 叱っていたのです!」

 向かってくる臣たちの先頭を一突きして突き飛ばしたあと、槍を振り回して敵を散らす。

 イレミナの後につき、彼女がわずかにこじ開けた道をともに駆ける。鉄扉の前で、意味不明な言葉を叫びながら、イレミナの槍を恐れぬ臣が突っ込んでくる。援護しようと、手元に戻していた槍を見る。そして臣を見る。しかし、槍は飛んでいかなかった。代わりにイレミナが、胸を突いて倒した。

「魔法遮断結界起動、間に合いました!」

「今だ!」

「もう恐れることはない!」

「獣を絶対に逃がすな!」

「押し包め! 仇をとれぇっ!」

 イレミナが鉄扉を押し開けると、すぐそばでアザミの部下とスイルの部下の激しいつばぜり合いが起きていた。

「こちらへ」

 左に曲がったイレミナについてゆく。自室のあるほうだ。

「受け継がれる地図情報は各家で違います。スイル派は、アザミ様の部屋から先の道は知らないはずです。そこで足止めすれば、アザミ様は逃げられます」

「しかし……それでは、お前は」

「いまさら、人のことを心配なさるのですか。あきらめて諫言《かんげん》せずにいた私も悪いのですが、そのような感情があるならばもっと以前に、臣下に対してその態度をおとりになるべきでしたね」

 自室にたどり着くと、兵士たちがとりあえずの拠点としているようで、まだ無事のようだった。しかしもう、テラス側からも、敵が迫ってきていた。

 わたしは壁にかけた剣を取って絨毯の一部を裂き、下から現れた鉄板を、イレミナとともに引き開けた。暗い地下道へと続くはしごがあり、そこをイレミナが先に降りて安全を確かめたあと、わたしも降りた。

「最後に厳しいことばかり言ってしまいましたが、わたしはあなたに仕えられて幸せでしたよ。能力だけはありますからね。ただ……人となったあなたも見てみたかった」

 イレミナが差し出した手を取って、最後の段を降りた。血に染まったその手は、とても温かかった。

 出口はわかっている。

 十字路を左に向かって走り出す。けれど途中でイレミナの足音がついてきていないことに気づいて、立ち止まる。

「どうしました。さあ、時間がありません。早く脱出を」

「お前は……お前はどうする!」

「さっきも言ったでしょう。狭い地下道で足止めすれば、連中はあなたまでたどり着けません」

「しかし」

「いいから行きなさい!」

 イレミナが初めて、敬語を取り払って叫んだ。

 イレミナには見えないだろう。それでも小さく、頷いた。

 後ろを振り仰ぐのをやめて、走り始める。

「アザミ! できることなら一度は人として生きて! それから死んで!」

 

 薄暗い地下道をふさぐ重厚な鉄扉に触れ、魔力を注ぎ込む。魔法遮断結界もここまでは届かないようで、鉄扉は横に開いた。

 地下道を出た先は小川の流れる雑木林で、地下道をひたすら進む間に、あたりは夕暮れどきになっていた。

 人里から離れた場所のようだが、一応周囲を確認してから出た。鉄扉を再び魔法で動かして閉じる。

 槍を持ったまま、ねばついた土を踏みつけ、小川に近づいていく。びりびりに破れた藍染めの着物のすそやそでをきっちり縛り直してから、小川に足首まで浸《つ》かる。意外に早い流れを感じる。心地よさに目をつぶりながら、前屈をして手首も浸け、手を洗った。それからばしゃばしゃと顔を洗って、洗い続けながら水をひとしきり飲む。

 前屈のまままぶたを開くと、そこには、黒く汚れたアザミの花があった。体を起こす。

「わたしは人ではないのか。イレミナ」

 命を散らせた側仕《そばづか》えの名をつぶやく。

 川から足を出して、川沿いを歩き始める。

「人でないならなんだ」

「獣か」

「人も獣だろう」

「それとも違うのか」

「わからない」

「スイルがどうとか言ってたな」

「家族に向ける以上の愛情をわたしに?」

「愛情?」

 わたしは足を止めて、何気なく空を見上げた。陽がないので振り返ると、葉にすかされた夕陽が、やわらかく目を打った。陽は遠く落ちていき、山裾《やますそ》とぶつかるところでは雲にまぎれて波打って見えた。

「嫌だな」

「お前を失いたくなかったな」

「イレミナ」

「よくわからない」

「でも」

「お前が言うなら」

「しばらく探してみるよ」

 

 

 

 

 

(終わり)